白秋の「木兎祭のこと」

 北原白秋の「一目一信」の、第二十五回目の原稿「木兎祭のこと」を、私が持っている。いつどこで手に入れたか忘れたが、かなり前に買って、表具屋に頼んだ覚えはある。「文房堂製」とある四百字詰原稿用紙二枚である。
 来年は白秋誕生百年にあたり、それを記念して全集が編まれる由、岩波書店から目録が送られてきた。第一期二十四巻の目次も書いてあるが、その中に「一日一信」は見えない。第二期の中に含まれるものと思うが、それはだいぶ先のことになると思われるので、ここに全文を紹介してみたい。

一日一信  木兎祭のこと

     白 秋

K 君。
「木兎の家」の会後非常に嬉しい日がまだ二日ばかり続きました。あの翌日、柳沢健君と富田砕花君とがまた見えたので、居残りの諸君と明るい午餐を共にしました。夕方になると、蘆の湖へ行った川路柳江、小松玉巌の二君がまた帰って見えたので、引き留めて、今度は庭園の晩餐をしました。広川松五郎、水之江公明、福田正夫、その他二、三の諸君と、海の見える水を打った涼しい傾斜面に、竹の卓ので竹の椅子を持ち出して、自由に爽やかに歓語しました。空には銀河が流れて、それは美しい星月夜でした。木兎が近くの森でほうほうと噂きます、すると此方でも指笛でほうほうとやります。木兎もそれにつれて次第に近づいて来てほうほうと声をあはせます。それがかはいいと言うので皆で知らず知らず夜を更かして了ひました。で、その晩誰からきめるとなく、毎年一回木兎(ぼくと)祭をやらうぢやないかと言ふ事になりました。矢張り恰度この頃がよくはないかと思ひます。そしてその祭には全国から同好の士が集って来てほしいのです。その祭で、物故した詩人達の追悼をしたり、色々の詩のお祭をします。何れは画家、詩人、音楽家達の閑静な倶楽部と小図書館とを、ここの寺内に建てたいといふ皆の希望です。一つ大いに賛成して下さい。私は私の親しい芸術家達をみんな此の景勝の地に引つ張って来て、極めて芸術的な香の高い一村をこさへ上げたいと思ってゐます。
  この頃少くとも、私は幸福です。                      

(二十五回)

 この白秋の呼びかけが、はたして実現したかどうか、まだ調べていない。白秋の夢は、木兎祭から閑静な倶楽部と小図書館、さらに芸術の村を作りあげるというように、ぐんぐんひろがってゆくが、これでは呼びかけに簡単に応えることはむずかしかったのではないかという気がする。
 なお「竹の卓ので」は「竹の卓なので」の「な」の字を書き落としたものであろうか。
                                    (「形成山形」昭60・1)