酒井家と織田家(庄内藩と天童藩)の因縁
明治元年(1868年) |
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1月 7日
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新政府が鳥羽・伏見の戦いに勝利 |
3月19日 |
織田信学が隠居し、信敏が第3代藩主となる |
3月23日
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仙台に入った新政府の奥羽鎮撫総督九条道隆が「織田信長以来の名家の故」をもって天童藩に奥羽鎮撫総督軍先導役を命じる |
閏4月 4日 |
庄内藩が天童に攻め込み、城下はことごとく焼かれる |
閏4月 8日 |
吉田大八の主導で長瀞藩(現東根市)を襲撃する |
閏4月20日 |
奥羽鎮撫総督府参謀世良修蔵が仙台藩士に暗殺され、それにより奥羽の形勢は一気に佐幕に傾く |
5月 3日 |
奥羽越列藩同盟が成立。わずか2万石の天童藩も従わざるを得なくなる |
6月17日 |
吉田大八は庄内藩との戦などの責任を一身に引き受けて切腹 |
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