山形市の道標


2020/12/06

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これは最上義光歴史観前の義光さんの像ですが、この後出てくる斯波兼頼さんの何代も後の子孫になるので、比較してみるのもおもしろいかと・・・ 1622年、最上家が改易になると、鳥居忠政が山形藩に移封となり長源寺もこれに従いました。 当時、境内は最上家の菩提寺である光禅寺に与えられていたものでしたが、鳥居忠政は半ば強引に譲り受け、光禅寺は門前町共々現在の鉄砲町に移されました。 旧 鞘町
最上義光の城下町以来の職人町で、刀剣の鞘の製造を家業とするものが居住していたところである。材木町の内にあった。 旧 法華町 天正六年(1578年)最上義光によって、日満上人を開祖とする日蓮宗浄光寺(当時は法華寺と称した)が建てられたところである。その門前町でもあり、八日町の内にあった。
山形城二の丸東大手門 鯱(しゃちほこ) 斯波兼頼 最上義光の時代まで、なんと250年くらいかかる大昔の山形城の開祖
旧旅篭町 黒文字の塗料がはげてよく見えませんが、鳥居さんが馬見ヶ崎川を改修する前は、ここが川で、なんとか鶴が飛んできた・・・とか書いてあるのかな・・・?