山形五堰小白川第一分水工


2026/01/04

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山形大橋の南側の馬見ヶ崎に沿った道路へ下りる道路が信号とぶっつかる場所に、分水工からの水路はあります。 山形五堰の御殿堰、八ヶ郷堰、宮町堰などへ分水するための施設で、多分、左側が宮町堰で、右側がそれ以外だと思います。 天満公園です。あっちの建物が天満神社。 大正時代の埋立工事の時、千歳公園から見えた森は、この場所に、もっとうっそうと茂っていたのだと思われます。
分水工の説明には双月堰も、分水されているとの記載がありますが、この場所のもっと手前で分水しているのだと思います。 山形大橋の下をくぐって、13号バイパスに上がる道路の東側に、その分水工はあります。記念碑にも正月飾り?が付けられています。 この写真では3つの堰に分水されているように見えます。
水門の高低を、うまいこと調整して、それぞれの堰への水量を増減しているのです。 双月堰は、このあたりから、後述するような手段で、対岸のジャバ方面へ水が運ばれると考えられます。 双月堰を見る人は、ここよりちょっと東のジャバへの愛宕橋を渡り、左折し、山形大橋方面へ行くと、双月堰の水門があって、そこから堰になってい て、見ることが出来ます。 どうにかこうにか地中にトンネルを造って、そこから双月堰に水を供給しているのだと思っていましたが、川向こうの分水工からの水なのだとすると、どのように馬見ヶ崎川を横断しているのか問題です。
一番簡単なのは、愛宕橋の下に水管をつるして(双月橋には見られます)ジャバ側まで水を運び、どこかで地中に流し込み、水門に出現するようにしているか 馬見ヶ崎川の下に、つまり、川の下に横断するトンネル(パイフ)を施設して、双月方面の水を供給しているのかも、しれません。 ものすごい難工事のように思えますが、寒河江川の昭和堰から二の堰への水路や長井ダム下流の分水工などでは、馬見ヶ崎の何倍も水量があるにもかかわらず、そのような施設を造っています。 どうなってるのか発見するのも、けっこう、おもしろいものです。
今度、歩いた時、よく見てきます・・・解明は難しいでしょうが・・・