漆山 山形県立農事試験場 創設の地


2026/02/21(土)

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2018年6月17日に、漆山陣屋跡と同時に弊サイトにアップしている物件ですが、現在変化は無いかGoogleMapのストリートビューを見て、再訪しました。 羽州街道を山形から天童へ進み、右手が漆山駅の交差点から、まもなく左手に浄土院を見て、ちょっとの交差点が前写真。左折した写真がこれ。茶色の板塀の終わる場所の向かい側が、農事試験場跡です。 到着。2018年から変化したのは、写真正面の試験場建物の屋根に、大きな穴が空いていたことです。 勉強のため山形県の農業試験場の歴史をAIに聞いてみました
「山形県農事試験場」は、現在「山形県農業総合研究センター」という名称で、農業に関する試験研究を行っています。 以下その施設移転の歴史 山形県立農事試験場は、明治時代に設立されて以降、複数回移転しています。 明治29年 東村山郡出羽村大字漆山 (現 山形市漆山)
明治41年 山形市三日町 (現 山形市鉄砲町) 昭和57年 山形市みのりが丘 (現在地)  以上AI 家屋の損傷写真ばかりでさびしくなりますが、2018年から8年で、これほどボロボロになるのも、いかがなものかと・・・ 原因は何回も行われたと考えられるで屋根の補修工事が、脆弱だったため、雨やら風にやっつけられて、これほど痛んじゃったとしか考えられない感じです。
もしかしたら、農家の住宅とか倉庫の耐用度合いを山形県が経年試験をやっているのかも・・・!? 山形市のすばらしい史跡の館林藩の陣屋跡に隣接しすぎている場所に、これほどの廃屋があるのは、問題にならないか・・・とも思えます 2017年6月17日に戊辰戦争百五十回忌法要が浄土院で、とり行なわれたようです。 あきらかに戊辰戦争時には、館林藩の家臣が、ここの陣屋におり、戦没者もいたようです。
陣屋跡に較べて、農事試験場創設の地は、たいした歴史的価値は、ないと思われます。
しかし、こうメチャメチャばっかし、アップしていると、人間性が疑われ 「あの人は、メチャクチャラメントだ!」などと言われそうなので そろそろ店仕舞い
最近は廃屋、廃墟もほとんど無くなって、こういう案件も珍しいので、少しは後世に残すべきなのか・・・?!レポート了