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リマ

1977/07/20 アエロ・ペルーにてAM6:45リマ着
 飛行機内ではコーラを注文したらオレンジジュースのようなのを持ってこられた。コーラというオレンジのような果実があるのだそうで、コカとかペプシとか付けないとそうなるのだと後にKから聞かされる。
 Kの出迎えで空港の外へ出ると荷物運搬したい子供とタクシーの客引きがワーっと寄ってくる。なんだかしらないけど「マスバラート」だの唾をとばしながらKがペルー人とやりあい始めた。「なんだなんだ」に対して「値切ってんの」の答え。こりゃすごいと感激しつつ眺める。話まとまり出発。空港の建物から出るとまるでイラク戦争後のバグダッドのような廃墟ががった街並が続く。またしても感激に浸りながら多少まともな光景のリマ市内に入りKの宿泊先のデュランペンションに到着。長居することになる。
  08/08までリマでゴロゴロ。印象深っかったのは天野博物館に行き芳太郎さん(創始者)の息子(孫だったか)のヒロシさんのインカの講釈であった。嘘だか本当だかずばっと年月日、時刻が出てきて歴史が説明されるのである。
 「1533年5月17日の早朝6:33カハマルカのアタハルパの城壁に攻め入ったピサロは、王を守るインカ兵をバッサバッサとなぎ倒し、王を捕らえここに帝国は終焉をむかえることになったのであった・・・」などなど(いいかげんに書いてますからね)

リマのセントロの教会

あまり人が写っていないがゴチャゴチャの人で広場が埋め尽くされていたイメージしかない。

リマの海岸線
こういう断崖がずっと続いている。

北の軍港付近の海岸

ここの海はフンボルト海流なのである。
ふんばるとふんボトン

海流の影響でリマは曇り空の日が多くカラっと晴れる日は少ないのだ。

車を停める場合ワイパーやアンテナは外しておく。すぐ盗まれるのだそうだ。

その盗品を売っている泥棒市場にも行ったがさすがに写真撮れなかったのだろう。ない

やはりペンションの近く

はたまたペンションの近く

市の中心の方

市の中心の方

郊外の近代的なほう

旅から戻った時ペンションの新居者がバイクを買ってこの道路を二人乗りで走りひっくり返った。

警官から事情聴取を受けたが、バイクの二人乗り自体交通違反だったようで怒られる。

なんとか奥の手で違反を免れたのであった。

見るところなくなってしまいお墓の見学である。

ほとんどの人はカトリック。侵略者の横暴なのであった。

こんなオブジェもあり

大統領宮殿だったような?
単なる金持ちの家かも

ダジャリンデバーカ
(肉入りやきそば)

どっかの寺院内にしゃれこうべの山
虐殺されたインカ人のものか

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