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カラナビ  mapJ

コロイコからトラックで着いたがその日は船なくホテルもなく野宿

顔のそばを犬が歩いているのを気にしながらの睡眠であった

カラナビの船着場

カラナビの船着場

アマゾン  mapK

小野さんちへと出発したのであった

アマゾンの青い空

小野さんちの船着場

いかにもアマゾン

ジャングルを何年も開墾してるのである

バナナの木

釣りもしたがぼうず

離れの小屋に居候
夜はコウモリがうるさいし昼はぶよに悩まされる

撃った

アマゾンと言っても源流の源流だから細い
けど最上川よりずっと大きい

蛇の頭

蛇の体
食った

アマゾンイグアナ
食った

鳥絞め

いろんな皮がある

ドラキュラとタランチュラ
ドラキュラは毒なしと思われる

コチャバンバ・サンタクルス
アマゾンからラパスへ戻りブラジルに行こうと電車で出発。いっしょだったHさんは別コースのためコチャバンバで別れる。日本で再会することになる。

コチャバンバのセントロ
チェ・ゲバラはこの辺で政府軍から捕まったのだ

サンタクルスの近くには日本人の町があり泊まったホテルでそこの人といっしょになる

 サンタクルスからサンパウロまで国境で乗換えはあるものの44時間の電車の旅である。最初の12時間くらいは座席空きがなく通路にすわっていたような。アルゼンチン人のヒッピー二人と仲良くなり、訳のわからないカステリャーノで話しながらサンパウロ着。彼らが選んだホテルはドヤみたいなとこで20畳くらいの部屋に雑魚寝。まわり黒人だらけでまた新たな経験をしたのであった。
 夜が明けて彼らと別れガルボンブエノの日本人町へ行く。大阪屋というホテルをなぜか選択し、二週間くらいいたか。とにかく日本より古い日本が残っている街であった。同室に移民崩れで時計職人のじいちゃんがおり、ブラジルの昔話をいろいろ聞き感じ入ったのであった。移民崩れなどというと暗い感じだがそのじいちゃんは明るい明るい。「日本に帰って死にたいとか思ったこともない」と言っていたのが印象的であった。あの時60歳とするとまだご存命かも。そんな人もいっぱいいたのだ。
 途中同室の日本人とリオにも行った。イパネマやらコパカバーナやらフラメンゴやらをウロウロさまよったのであった。ジーコはいなかった。

コパカバーナ

どういうわけかブラジルでもほとんど撮っていない

サンパウロにかなりいたのに

サンパウロ@
以下2001/07 K氏撮影
サンパウロA

サンパウロB

ブラジリア