夫唱婦随 山女魚道

そろいの渓流釣り姿も決まっている水上さん夫婦、水上さんは漆作家。その匠の技をかわれて、地元の美術系大学の工芸コースの講師に招かれ山形に移り住んだ。多摩川山女魚道東北支部を勝手に名のっていますと笑うが、すでに2人の入会希望があったと聞くからこれも人柄か・・・


 水上修、康子さん夫婦に初めてお会いしたのは山梨県の桂川だった。
 夫婦で釣りをされるのは最近ではめずらしいことではないが、渓流釣り、それも本流で8〜9bの長竿を繰って大物一筋に釣行を続けているご夫婦は、今まで見たことも聞いたこともなかった。
 奥さんの康子さんはこのとき、9bの本流竿で37aを頭に4尾の尺上のヤマメを目前で釣り上げ、その腕前に舌を巻いたものだ。
 康子さんも最初から長竿を操っていたわけではなく、ホームグラウンドにしていた桂川の特殊性によるところが大きい。霊峰富士の湧き水を源とするこの川は一年を通して水温の変化が少ないから渓流魚の成育には最適。イワナ、ヤマメの尺上はぜんぜんめずらしくなく、40〜50aクラスは完全に夕ーゲット、60aオーバーのモンスターも潜む巨大渓流魚の川なのだ。 川幅は広く、魚も大きいとなれば必然的に長竿となっていった。本流釣りが話題になるかなり以前のことで、長竿を振り回し、人より変わった釣りをしているとお互い目に付くもので、河原で偶然、多摩川山女魚道の細山長司さん(本流の大物釣り師として有名)に出会い、夫婦で入会。所沢に住んでいたため地理的な近さもあり、よく出掛けたシーズンは1週間に4回も釣行したというのだから、なんともすこいご夫婦だ。
 川沿いの国道を走る車はヘッドライトがつき、街並みはまだ眠りについている。朝もやの漂う山形県・小国川の河原で釣り支度をする水上さん夫婦、そろいのウインドブレーカーにそろいのベスト、いでたちだけでなく、その仲のよさは久しぶりにお会いしても少しも変わらなかった。
 ご主人の仕事の関係で4年前に住みなれた東京を離れ、山形に移り住んだ。東北は渓流魚の宝庫、どんな大物がいるのか、初めての川、初めての魚に期待を膨らませての釣行は、初シーズンのうちにしぼみかけた…。山形を含めて東北は確かに渓魚たちの魚影は濃かったが、それは支流のことで、水上さん夫婦が好きな9bの竿がのびのび振れる本流には思ったより魚が少なかった。県外に行けばまだいい川があるが、山形県内ではちょつと見つからない。多摩川や桂川のスケールに負けない水量のある大きな川はいくらでもあるだけに残念がる。
 「4シーズン経験しただけなので、探せばいい川もあると思うのですが…」 と前置きして、山間部を流れ、大きな瀬と淵が連続する渓相が好きだった多摩川に比較的似ている小国川にこのところ通い詰めている。自宅から1時間ちょつとという近さもきることながら、尺オーバーのヤマメがコンスタントに出るからだ。
 取材日の10日ほど前に、試し釣りをしたときにも短時間で尺上が3尾、25〜26aが何尾も釣れたので「これならだいじょうぶでしょう」と電破をいただいて、渓流釣りも終盤の9月初旬に小国川へ駆け付けたのだが・・結果からいえば、難行苦行の釣行になった。
 ここなら絶対だという自信のあるポイント、試し釣りで尺上が出たポイント、地元名手に教えてもらった秘蔵のポイントと、あらゆる場所をあらゆる方法で丁寧に攻めてみたのだが、初日も二日目も一尾も釣れない。気配すらない。急激な冷え込みで水温低下が悪いのか、山形は秋の訪れが早いから産卵に入ったのでは・・原因は色々と考えられたが一番大きな原因は、9月に入ると解禁になるアユの網漁だった。それもなまはんかなもんじゃない。投網は無論のこと刺し網に流し網あらゆる網がオーケーだ。ウェットスーツを着て、潜ってまで網を仕掛けるのだからすごい。大ヤマメがいそうな淵は人間が入りまくつていた。これじゃ魚がおぴえてしまい岩穴から出てくるはずもなかった。どうりで外道のウグイでさえ少ないはずだ。
 残された時間は最終日の午前中だけだった。前日竿を仕舞って車で川を見て回ったときに、一カ所だけ気になるポイントがあった。小さな速い瀬が連続し、最終的に大きい広い淵というより溜りになっている場所だった。大ヤマメがいかにも潜みそうな場所、この最後のポイントに、網が入る前に勝負をかけようと薄暗い早朝に林道から河原に下りた。
 康子さんは横でじっと見守った。 一流し…二流し…三流し目にコツコツと大物特有の小さなアタリ、鋭く小さく合わすと一気に下流へ走った。間違いない大物の手応えだ。竿でためながら、ふり向き目線で「やっときたね」と合図を送る。慎重に…慎重にと二人の思いを込めた獲物は婚姻色が出かかった幅広の35a
真にラストチャンスでものにした大ヤマメだつた。
 水上さんは素早く竿を仕舞い、康子さんのサポート役に回った。まだ一尾残っているかも知れん…あきらめかける康子さんを励まし、ミミズを赤トンボに付け替えついに20aだったが今回の釣行の初ヤマメが康子さんにも釣れた。胃が痛くなるような3日間だったに違いない。釣果はたった2尾だけだったのだから……しかし印象的だったのは35aを釣ったときより、康子さんがヤマメをタモに入れた瞬間の方が何倍もうれしそうにしていた水上さんの笑顔だった。渓流釣りはいつもなぜかすがすがしい。流れの中で見る夫婦の笑顔はさらにすがすがしいものだ。
 急速に緑色の力を失った木立から木もれ日とともにミンミンゼミの寂しげななき声がもれてくる。山形の秋ももう終わりが近づいていた。


今はこのヤマメを追い求めている。究極の目標は県の魚にもなっているサクラマスの大物を本流で夫婦で釣ることだ

『渓流スペシャル’98』【週刊釣サンデー別冊】より  2000/11/22作成

 

 

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