二十八年目のルソン島 短歌二十首

山下将軍受刑の地


   草をわけ柵ぬけ畑を横切りて辿りつきたる将軍受刑の地

   有刺鉄線をもぐりて入れど径もなし将軍が果てたるロスパニオスの斜面(なだり)


   山下奉文が吊るされしマンゴーの木は枯れて傾きてあり畑の奥に

   西部劇のリンチに似たる仕打ちにて縊(くび)りしかロスパニオスのマンゴーの木に

   将軍がインデアンのごと縊(くび)られしマンゴーの木は枯れ尖(さき)を切られあり

モンテンルパ


   モンテンルパに戦友を縊(くび)りしマンゴーは未だていていと斜面にそびゆ

   受刑者名に確かなる日本の名はあらず何か訴へむと死につきにけむ

カランバ


   苛酷なる労役の地たりしカランバは雨に緑濃し二十八年を経て

   収容され此処に死にたるも数多あり鞭もて働かされし往時の顕(た)ち来(く)

   報復を事として虜囚を死なせたる歴史も消えてカランバは雨

カバヤン


   一しきり轡虫(くつわむし)鳴く夜さりにてカバヤンはふる里の秋をしのばす

   町長室にミイラ累累(るいるい)と飾りあるカバヤンはプログ山の原始を帯ぶる

   元ゲリラと尽きぬどぶろく飲み交す小学校の室に蝋を灯して

   酔ふほどに日本の軍歌をうたひ出すゲリラの軍曹は我と同じ年齢(とし)

   緑色に潤む星々を心利(こころど)に刻みおかむと暁の十字星を探す

キャンプ3


   父殺し焼打ち犯人と見做されてキャンプ3の苛烈さは未だ消えざり

   捨てて去れる罪滅ぼしと土にほふ遺骨を抱き山路をかへる

   戦友の遺骨を掘りて帰るとき南国は漆(うるし)の闇にとぎさる

アトック


   太陽花(サンフラワー)といづれ美しきアトックの谷に明るき三世の乙女

   戦争はあるべきならず地獄たりし谷に咲く花住む人美し