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いろいろ探しましたが、文字がテキストになっている資料は見つかりませんでしたので、がんばって読んで見ました。
志賀直哉は山形に叔父直方を
明治39年(1906)の夏に尋ねた際
直方の師・洞興寺住職三浦了覚師
の古刹を訪れた。川で泳ぐのが
目的だった。
山形に移住していた了覚師から、
八月二十四日に諭され、その午後、
叔父と共に洞興寺に赴いた。
『寺にはさびれた庭があり、池には
紅白の蓮が咲き、わきの流れの強
い川で日暮れまで泳ぎ、その晩は
寺に泊まった。
暗く静かだったが池の蛙だけ
がやかましく、鳴いたり、止んだり
繰り返していた』と小説『山形』に
記している。
文 那須恒吉
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