2001/01/01

夢顔さんによろしく』 西木正明 1999/07/30 文藝春秋

 今年の読み始めは当作品になりました。西木氏の小説は2、3読んでいて大変すばらしい作家だと思っていましたが、この本が出たときはノンフィクションということもあり、現実しか書かれていないものはあまり血わき肉踊ることがなかったので敬遠しました。しかし文庫になったら読もうと思っていたところ今年の正月に読む本不足で買ってしまいました。

 太平洋戦争時の首相近衛文麿の長男、近衛文隆氏の生涯であります。
 近衛家という家は藤原鎌足を始祖とする五摂家筆頭であり、神話時代から天皇家の補佐役として現在に至っている日本の名門です。文隆氏の妹が細川護貞氏(細川家当主)に嫁ぎ、長男が細川護煕氏(元首相)で次男が護Wで文隆氏の未亡人正子の養子になり忠Wと改名し現在の近衛家当主となっているそうです。
 
 ソ連の捕虜となってシベリアの収容所から家族にあてた手紙の中で文隆氏は「夢顔さんによろしく」という謎に満ちた言葉を何度も繰り返しています。彼が昭和三十一年、日ソ共同宣言が調印された十日後、旧ソ連の捕虜収容所で謎(なぞ)の死を遂げました。それまでの波乱万丈の生涯が仔細に渡る取材により書き進められていきます。

 上海で遊びまわっていたころ、突然彼の前に出現した中国人美女。歴史は”美貌(ぼう)の女スパイにはめられた近衛家の御曹司”ということでその事件を記録しているそうですが、物語においてはその女性と文隆氏の関係が一番のクライマックスになり話を盛り上げていきます。
上海の藍衣社とジェスフィールド76号の暗闘もその一環として書かれてあります。伴野朗氏の数々の作品や、故胡桃沢耕史氏の作品で日中戦争時の上海の物語は昔、かなり乱読していましたが小説に近衛文隆氏が登場したことはなかったような気がします。ビッグコミックの『龍』には登場しているそうです。

 日中戦争や太平洋戦争における近衛文麿元首相の役割など勉強になることも多い秀作でした。

PS.
西木正明氏は山崎努氏とどことなく似ていると思います。

 
 


 
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