山形そば黄門漫遊記88
そんなこんないろんな情報が頭の中を駆けめぐり、なかなかまとまりません。 そして、山辺パークタウンへの入り口を過ぎて町内へ入ろうとしたまさにその時でした、なななんと、あの旗が立っているではアーリマセンカ。
山辺そば あべ乃 と書いてあります。 聞いたことない見たことない、当りか外れか怖いもの見たさではない、ターダの物好き! 知らず知らずに旗に従って進んでいくと、何時からあったんだてな感じの『自宅改造型そば屋』に着きます。 そのうち隣り?に店を作るらしいんですが、まぁこれでも良いんじゃアーリマセンカ。聞いてみると、店はまだ日が浅いのですが、「十五年以上もしてんだじゃー」(15年以上もそば打ちしてるんですよ)とのことです。 どこで習ったわけでもなく、自分流なんだそうです、例の”山辺そばクラブ”かなって聞いてみたけど違うんだそうで、茂三郎みたいにまぁ趣味が高じて店までしちゃったと言うところなんでしょう。
「ご隠居、どうですか、どっか源蔵風でもあり、あっしは気に入っちゃいました」
「そうですねぇ、最近は自己流にあまりお目にかからなくなってますから、そんな意味では大変うれしい気がします。 そもそもそばはみんな自己流、何かがあったり、お客さんが来たりすると”そば”でも打って、てな具合だったんでしょう。 そんな訳でそば打ち名人にはおばあちゃんが結構いるものなんです。 ただし商売にするほどは打てないんで知る人ぞ知るにになっていることが多いのです。 そういえば彼の次年子の話ですが、村おこしでそばでもやろうと言う時に、誰がやるのかとなって、みんなで食べ比べをしたら『七兵衛さんのが美味い』と言うことになって決まったそうです、ホントの話かどうかは知りませんが、そのくらい多くの人がそばを打てる部落だったと言うことでしょう、でもそんな所でも、食べ比べして見ないとわかんないくらい、自己流がいっぱいあったんでしょう、漬物とどっか似てますなぁ」